現状、国内の図鑑ではコキララタケの学名はCoprinus radiansである。青木実による検索表「日本産ヒトヨタケ属」(1987)でも、「?」マーク付きでC.
radiansの学名を仮採用しているのだが、あわせて但し書きが添えられている。
青木は、「日本産の胞子は(5.5)6〜8(9)×3.2〜4(4.5)μm。ヨーロッパ産の胞子は更に大きいので再検討を要する」とし、ヨーロッパの文献に記載されたC.
radiansの胞子サイズを下記の通り記している。
(7.5)8〜11.5(13)×(4.7)5〜6.5(7.2)μm [Kuhn. & Romagn.
(1953)]
8〜11.5(13)×5〜6.5(7)μm [Moser (1978)]
8.5〜11×5〜6.5 μm [Orton &
Watling (1979)]
C.
radiansの胞子は少なくとも長さ10μm以上(最大で13μm)に達するようだ。これに対し日本産コキララタケの胞子の長さは最大でも8ないし9μmにしかならない。私の撮影した
胞子写真を見ていただければ一目瞭然かと思う。
オランダの研究者キース・アルジェのヒトヨタケ検索表では、Domesticiというサブセクションに属するいくつかの種を胞子形状等によって区別している。中で注目されるのは、材上に赤褐色のオゾニウムを広げる点からしてC.
radiansとそっくりなC. domesticusである。両種は胞子サイズによって区別できるという。
キース・アルジェによると、C. domesticusの胞子サイズは
6.0-8.9 x 3.7-4.8
μmである。
青木実によるコキララタケの胞子サイズとほぼ合致する。
というわけで、日本のコキララタケは、どちらかというとC. domesticusのほうに該当すると考えられる。青木実が「再検討を要する」と書いた時点ではC.
domesticusが認知されていなかったのではあるまいか。
なお、両種の肉眼的な差異に関しては、柄の基部の形状が異なるという説もある。すなわち、C. domesticusのほうは類球根状、C. radiansのほうは棍棒状ということで、「Les Shampignons de France」というイラスト図鑑ではそのように描き分けられている。ただし、故キース・アルジェのWEBサイト
(注1)では、柄の基部の特徴について両種とも"base clavate, sometimes with a volva-like margin"と説明されており、たんなる個体差というか状態の違いにすぎないのかもしれない。
顕微鏡的な特徴においても肉眼的な特徴においても、両種は極めて似通っており、種を区別する上で胞子サイズが決め手になる。
ちなみに、「コプリヌス・ドメスティクス」という学名は「家に生えるヒトヨタケ」という意味だが、日本の家屋でも老朽化した浴室の窓枠など、結露の多い木造部分には実際に発生することがある。